2010年
05月
11日
(火)
18:29 |
編集
2007年
10月
21日
(日)
09:17 |
編集
インド旅の最後の目的地、ゴア。
当初、インド人の友人からは「ゴアなんて行くなよ…、他にいっぱい行くべきところ
があるから」とM氏は忠告されていたらしい。
最終的に私の感想は…、インドの友人N氏に賛同。M氏も旅の終わりにそう言っていた。
ま、行ってみなけりゃ分からないから仕方ない。
ゴアは観光客誘致を薦めて発達はしたけれど、何か「良さ」を失っていた。
他のインドの土地よりエネルギーに欠けていた…ように思えたのは私だけだろうか…(欧米人が多くてなんだか居心地が悪かったというのがショウジキな感想)
一昔前は「ヒッピー」のたまり場だったらしい。今でもその欠片をもとめて欧米各国からそした人々が集まっている。
私も10年前だったら、そうしてたかもしれない…。
今回はゴアの空港から1時間以上海岸を走り抜けた先にある「Leela Goa」に泊まった。
世界一位のビジネスホテル!と称されたバンガロールのThe Leela Kempinski Hotelに泊まったM氏のお薦めで決めたのだが…。
どうやらゴアの方はちょいと勝手が違った…。
Leela Hotelsのサイト:
http://www.theleela.com/
到着したホテルの入り口は工事中で古さが見える。
でもホテルのロビー入り口は開放的でアジアチック&神秘的でなかなか素敵だった。
おそらく、この部分だけを見たら期待度はかなり高くなるはず…。
ホテルの部屋も期待していたのだが…
今イチ。しかも小さな池に面した私達の部屋の向かい側はホテル拡張工事の一角。
騒音がひどい。
最初は我慢したが、あらかじめ「特別な旅」として連絡しておいて、ホテル側も「はからい」をすると返事していたのに、最悪なロケーションを充てられ私達は大憤慨。
そんなホテルにお金を落としたくない…という気持ちもあり、この日の夜は海岸づたいに隣のホテルの敷地へ乗り込んだ。
すると、海岸警備のおじちゃん達が怪しんだようで、ずっと懐中電灯をあててくる。
犬も吠えてくるし…。
とりあえず、なんとか海岸のレストランに入れてもらい、大きなエビの料理を頂いた。
帰りは、警備のおじちゃん、私達が隣のホテルからやって来た事が分かったからか、今度は足下に懐中電灯をあててくれ、真っ暗な海岸を安全に通れるよう誘導してくれた。
夜10時になっても工事は続くし(ちなみに工事は24時間で〜す。しかも働いているホテルのスタッフですら、何時に工事が終わるのかも知らない…)、さらに隣の屋外バーでは大音量でショーの歌声が聞こえる。その歌声がカラオケのようでそれが深夜1時過ぎまで続いたからもう限界だった。
結局睡眠不足…。
M氏もさすがに我慢しきれず、ホテルのマネージャーに苦情の電話を入れ翌日は部屋を替えてもらった。
2日目は丸一日ゴア観光にでかけたらから、部屋のことはどうでもよかった。
ゴアの観光はなんとな〜く過ぎ去って行った。特に刺激もなく…
唯一、私の好きな「fabindia」でインド服をまた購入できて幸いだった。
それから日本の歴史には欠かせない、フランシスコ ザビエルの遺体を安置している教会にも行った。というのも、1日つき合ってくれた運転手のおじちゃんは敬虔なクリスチャンで「ここは絶対に行きなさい」と、車に飾っているザビエルの人形を指して言うから…それじゃ…ということで言ってみた。
個人的には小中高と歴史では必ず出て来た人物を遺体であれ、実際に目にすることができた…というのはなんだか不思議な気分でもあった。
夜は運転手のおじちゃんのお薦めでシーフードを食べに行った。
安い値段でおいしく頂けて満足。
やっぱり「良い旅」は地元の人の力を借りるに限る!!!
3日目…またまた部屋を移動。
実は、今回宿泊したLeelaの中にはもう1つ別の形態ホテルが存在する。
「The Club」という名でLeelaとは別の会社(らしい)が入っているのだが、その質の良さとちょっとした「心遣いの良さ」に驚いた。
(家具は上手い具合に値段をおさえた感じのするものではあるけれど、全体的なバランスがとれていた)
最後の極楽ホテルステイ…満足?
広い部屋に大きな落ち着いた家具が映える
お気に入りの場所…こんな大きなエンペラーソファーが家にも欲しい
料金は倍以上するが、サービスや部屋、おまけに関しては比べ物にならない。
この日は運良く「オフシーズン」ということで「club sweet」の部屋が450USDで泊まれた。(約50000円)
しかし、「シーズン」になるとなんと1000USD(約100,000円)だから驚く…。
このThe Clubに宿泊すると「専属バトラー」がつき、何から何までやってくれる。
この日も部屋を替わりたいと早朝からThe Clubへ申し出ると、すぐに部屋を用意してくれ、専用ラウンジを使わせてくれた。そのラウンジがまたおしゃれで、私達の心をくすぐる。
プールも専用。ランドリーはサービスとして料金に含まれる。(なので、旅の最後に…と洗濯は全部ここでお願いした)
テニスをしに行けば、おしぼりと水をバトラーが運んで来てくれる。
部屋にはコンプリメント(無料)のワイン、濃さ自由自在のIllyエスプレッソマシーン、ウィスキー(3種類)、おつまみ…などなど、これでもか…というもてなしが続々と出てくる。
1日の滞在で3回以上は「軽食」や「おやつ」も運ばれて来た。
モンスーンが終われば、専用ビーチも使える。
最悪な滞在で始まったゴアのホテル…、でも同じ敷地にこんなに良い別のホテルがあるなんて…。これからはこのGHM Hotels系を使いたい。
http://www.ghmhotels.com
さて、Leelaでは2回もアーユルベーダのマッサージを受けた。
お陰でお肌はつやつや。前にも書いたけれど、それ以来お化粧(ファンデーション)は一切していない。
手入れも化粧水だけ。
担当してくれた人達の技術もなかなかだった。
国連も認めたというアーユルベーダ…、5000年の歴史はタダモノではなかった。
そんなこんなで2週間のインド旅行も終わり。
ゴアからデリーへ移動し、夕食を空港の外で済ませた。
この夜立ち寄ったレストランでは、インドの素顔(側面)を垣間みた。
旧カーストの上位に位置する人々と、その下位に位置する人とのやりとりがそれだった。
子供の世話係は椅子も与えられず、床に座って下を向いてひたすら待ち続ける。
走り回る子供の世話をするだけ…。
ただ、周囲の外国人やこうした階級にとらわれない人々の目が冷ややかだったせいか、ホテルのスタッフが見かねて、世話係を雇っている家族に耳打ちをし、椅子を出して来た。
それでも豪華な食事がならんだテーブルから離れたところに座らせられるわけで…。
なんとも複雑な瞬間だった。
インドの友人には電話でお礼を述べ、次にまた会える日まで…と再会の約束をした。
早くバングラディッシュ出身の奥さんのシュンゲンビザとインドビザが発効されるように願っている…(結婚しているのに、インド滞在ビザがまだ出ていないらしい…)
それから今回の旅ではデリーからコーチンへ移動する途中にバンガロール空港で乗り換えをしたのだが、そこで「世界は小さい」経験をした。
空港のロビーを歩いていると背後から
「Excuse me... are you M? Did you study at Manchester?」とM氏に声をかけてきたインド人がいた。
M氏も私も「は????なんでこの人、そんなことまで知ってるの?」と一瞬声が出なかった。
するとこのインド人…「マンチェスターの大学院時代、同じ敷地に住んでた」と…。
それで思い出したか、M氏も「あぁ!」と。
もう10年も前なのに、このインド人はM氏の名前までしっかり覚えていた。
もちろんM氏は相手の名前なんて覚えていない。(彼曰く、話をしたのはほんの数回くらいだったとか)
なんて偶然…何千kmも離れた場所で、しかも何百万人もの人が行き交う中でこんなことがあるなんて不思議だ。
それもインドの持つ力なのかもしれない…なんて勝手に思ってしまった。
とりあえず、このあたりで旅日記はthe ENDにしようと思うが、また何か思い立ったら書き加えようと思う。
木陰で一休み?
White & Blue
最後に…、インドでは観光産業をさらに盛んにしようという姿がよく見える。
特にインターネットが普及した今は「サービス」などに対する口コミ次第でビジネスがひっくり返る時代。
それを知ってか、何処へ行っても「顧客満足度チェック」や「コメント用紙」が手渡される。
まだまだサービス途上国とは言え、インドの人々が一生懸命前進しようとする姿がハッキリと見えた。
そして何よりも急成長する国、インド。
インフラ整備が何よりも叫ばれるなか、これからインド方面への投資は「インフラ関連」だということを痛感した。
20年前にインドを訪れた人、30年前にインドを訪れた人、そして今年インドを訪れた人…いったいどれだけの「違い」がこの国には生まれたのだろう…という思いがよぎった。
この国には何か「不変」の「普遍」があるようにも見えたのがインド初体験の私の感想。
無限のものが横たわるインド…。
今度はいつ行こう…?
当初、インド人の友人からは「ゴアなんて行くなよ…、他にいっぱい行くべきところ
があるから」とM氏は忠告されていたらしい。
最終的に私の感想は…、インドの友人N氏に賛同。M氏も旅の終わりにそう言っていた。
ま、行ってみなけりゃ分からないから仕方ない。
ゴアは観光客誘致を薦めて発達はしたけれど、何か「良さ」を失っていた。
他のインドの土地よりエネルギーに欠けていた…ように思えたのは私だけだろうか…(欧米人が多くてなんだか居心地が悪かったというのがショウジキな感想)
一昔前は「ヒッピー」のたまり場だったらしい。今でもその欠片をもとめて欧米各国からそした人々が集まっている。
私も10年前だったら、そうしてたかもしれない…。
今回はゴアの空港から1時間以上海岸を走り抜けた先にある「Leela Goa」に泊まった。
世界一位のビジネスホテル!と称されたバンガロールのThe Leela Kempinski Hotelに泊まったM氏のお薦めで決めたのだが…。
どうやらゴアの方はちょいと勝手が違った…。
http://www.theleela.com/
到着したホテルの入り口は工事中で古さが見える。
でもホテルのロビー入り口は開放的でアジアチック&神秘的でなかなか素敵だった。
おそらく、この部分だけを見たら期待度はかなり高くなるはず…。
ホテルの部屋も期待していたのだが…
今イチ。しかも小さな池に面した私達の部屋の向かい側はホテル拡張工事の一角。
騒音がひどい。
最初は我慢したが、あらかじめ「特別な旅」として連絡しておいて、ホテル側も「はからい」をすると返事していたのに、最悪なロケーションを充てられ私達は大憤慨。
そんなホテルにお金を落としたくない…という気持ちもあり、この日の夜は海岸づたいに隣のホテルの敷地へ乗り込んだ。
すると、海岸警備のおじちゃん達が怪しんだようで、ずっと懐中電灯をあててくる。
犬も吠えてくるし…。
とりあえず、なんとか海岸のレストランに入れてもらい、大きなエビの料理を頂いた。
帰りは、警備のおじちゃん、私達が隣のホテルからやって来た事が分かったからか、今度は足下に懐中電灯をあててくれ、真っ暗な海岸を安全に通れるよう誘導してくれた。
夜10時になっても工事は続くし(ちなみに工事は24時間で〜す。しかも働いているホテルのスタッフですら、何時に工事が終わるのかも知らない…)、さらに隣の屋外バーでは大音量でショーの歌声が聞こえる。その歌声がカラオケのようでそれが深夜1時過ぎまで続いたからもう限界だった。
結局睡眠不足…。
M氏もさすがに我慢しきれず、ホテルのマネージャーに苦情の電話を入れ翌日は部屋を替えてもらった。
2日目は丸一日ゴア観光にでかけたらから、部屋のことはどうでもよかった。
ゴアの観光はなんとな〜く過ぎ去って行った。特に刺激もなく…
唯一、私の好きな「fabindia」でインド服をまた購入できて幸いだった。
それから日本の歴史には欠かせない、フランシスコ ザビエルの遺体を安置している教会にも行った。というのも、1日つき合ってくれた運転手のおじちゃんは敬虔なクリスチャンで「ここは絶対に行きなさい」と、車に飾っているザビエルの人形を指して言うから…それじゃ…ということで言ってみた。
個人的には小中高と歴史では必ず出て来た人物を遺体であれ、実際に目にすることができた…というのはなんだか不思議な気分でもあった。
夜は運転手のおじちゃんのお薦めでシーフードを食べに行った。
安い値段でおいしく頂けて満足。
やっぱり「良い旅」は地元の人の力を借りるに限る!!!
3日目…またまた部屋を移動。
実は、今回宿泊したLeelaの中にはもう1つ別の形態ホテルが存在する。
「The Club」という名でLeelaとは別の会社(らしい)が入っているのだが、その質の良さとちょっとした「心遣いの良さ」に驚いた。
(家具は上手い具合に値段をおさえた感じのするものではあるけれど、全体的なバランスがとれていた)
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最後の極楽ホテルステイ…満足?
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広い部屋に大きな落ち着いた家具が映える
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お気に入りの場所…こんな大きなエンペラーソファーが家にも欲しい
料金は倍以上するが、サービスや部屋、おまけに関しては比べ物にならない。
この日は運良く「オフシーズン」ということで「club sweet」の部屋が450USDで泊まれた。(約50000円)
しかし、「シーズン」になるとなんと1000USD(約100,000円)だから驚く…。
このThe Clubに宿泊すると「専属バトラー」がつき、何から何までやってくれる。
この日も部屋を替わりたいと早朝からThe Clubへ申し出ると、すぐに部屋を用意してくれ、専用ラウンジを使わせてくれた。そのラウンジがまたおしゃれで、私達の心をくすぐる。
プールも専用。ランドリーはサービスとして料金に含まれる。(なので、旅の最後に…と洗濯は全部ここでお願いした)
テニスをしに行けば、おしぼりと水をバトラーが運んで来てくれる。
部屋にはコンプリメント(無料)のワイン、濃さ自由自在のIllyエスプレッソマシーン、ウィスキー(3種類)、おつまみ…などなど、これでもか…というもてなしが続々と出てくる。
1日の滞在で3回以上は「軽食」や「おやつ」も運ばれて来た。
モンスーンが終われば、専用ビーチも使える。
最悪な滞在で始まったゴアのホテル…、でも同じ敷地にこんなに良い別のホテルがあるなんて…。これからはこのGHM Hotels系を使いたい。
さて、Leelaでは2回もアーユルベーダのマッサージを受けた。
お陰でお肌はつやつや。前にも書いたけれど、それ以来お化粧(ファンデーション)は一切していない。
手入れも化粧水だけ。
担当してくれた人達の技術もなかなかだった。
国連も認めたというアーユルベーダ…、5000年の歴史はタダモノではなかった。
そんなこんなで2週間のインド旅行も終わり。
ゴアからデリーへ移動し、夕食を空港の外で済ませた。
この夜立ち寄ったレストランでは、インドの素顔(側面)を垣間みた。
旧カーストの上位に位置する人々と、その下位に位置する人とのやりとりがそれだった。
子供の世話係は椅子も与えられず、床に座って下を向いてひたすら待ち続ける。
走り回る子供の世話をするだけ…。
ただ、周囲の外国人やこうした階級にとらわれない人々の目が冷ややかだったせいか、ホテルのスタッフが見かねて、世話係を雇っている家族に耳打ちをし、椅子を出して来た。
それでも豪華な食事がならんだテーブルから離れたところに座らせられるわけで…。
なんとも複雑な瞬間だった。
インドの友人には電話でお礼を述べ、次にまた会える日まで…と再会の約束をした。
早くバングラディッシュ出身の奥さんのシュンゲンビザとインドビザが発効されるように願っている…(結婚しているのに、インド滞在ビザがまだ出ていないらしい…)
それから今回の旅ではデリーからコーチンへ移動する途中にバンガロール空港で乗り換えをしたのだが、そこで「世界は小さい」経験をした。
空港のロビーを歩いていると背後から
「Excuse me... are you M? Did you study at Manchester?」とM氏に声をかけてきたインド人がいた。
M氏も私も「は????なんでこの人、そんなことまで知ってるの?」と一瞬声が出なかった。
するとこのインド人…「マンチェスターの大学院時代、同じ敷地に住んでた」と…。
それで思い出したか、M氏も「あぁ!」と。
もう10年も前なのに、このインド人はM氏の名前までしっかり覚えていた。
もちろんM氏は相手の名前なんて覚えていない。(彼曰く、話をしたのはほんの数回くらいだったとか)
なんて偶然…何千kmも離れた場所で、しかも何百万人もの人が行き交う中でこんなことがあるなんて不思議だ。
それもインドの持つ力なのかもしれない…なんて勝手に思ってしまった。
とりあえず、このあたりで旅日記はthe ENDにしようと思うが、また何か思い立ったら書き加えようと思う。
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木陰で一休み?
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White & Blue
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最後に…、インドでは観光産業をさらに盛んにしようという姿がよく見える。
特にインターネットが普及した今は「サービス」などに対する口コミ次第でビジネスがひっくり返る時代。
それを知ってか、何処へ行っても「顧客満足度チェック」や「コメント用紙」が手渡される。
まだまだサービス途上国とは言え、インドの人々が一生懸命前進しようとする姿がハッキリと見えた。
そして何よりも急成長する国、インド。
インフラ整備が何よりも叫ばれるなか、これからインド方面への投資は「インフラ関連」だということを痛感した。
20年前にインドを訪れた人、30年前にインドを訪れた人、そして今年インドを訪れた人…いったいどれだけの「違い」がこの国には生まれたのだろう…という思いがよぎった。
この国には何か「不変」の「普遍」があるようにも見えたのがインド初体験の私の感想。
無限のものが横たわるインド…。
今度はいつ行こう…?
2007年
10月
16日
(火)
08:25 |
編集
ボートで一晩明かした私達の次の目的地は「コーチン」。
約2時間近く、冷房なしでタクシーに乗っていたので排気ガス&ほこりまみれ。
(冷房なしの方が料金が安い)
到着したのはコーチン旧市街(Fort Cochin)の一角にあるポルトガル影響&オランダ建築の建物を改築した素敵なホテル。(300年の歴史がある建物だそう)3つ★だけれど、とにかくシンプルでいておしゃれ。1つ1つに独特の味があり、中庭のプール庭園なんかも素敵だ。
ホテルのスタッフも少人数ではあるけれど、皆ほがらかで温かい。
到着した朝、実は…予約に使ったネット会社が勝手に私達の予約をキャンセルしていたことが判明。それでもホテルのマネージャーらしきおじちゃんが、「大丈夫すぐに部屋を確保するから…」と言って、快く迎えてくれた。
シャワールームも非常に落ち着いていて、「こんなホテルがあったんだ!!!」と驚いたのと感動したのと…で、今回の旅のお気に入りホテルだ。
詳細は:
http://www.oldharbourhotel.com/
窓の外枠が青いビードロで出来ている…
粋なおしゃれを歴史そのままに…
部屋の写真
高い天井とバランスのとれたインテリア
お昼寝中
南インドでは有名な「チャイニーズフィッシングネット」がある港もすぐ近く。
またコーチン旧市街にはこのようなおしゃれなブティックホテルが他にも何件かある。
ここコーチン旧市街は他の観光地化された南インド(特にゴア)のような「スレ」た感じはそれほど感じなかった。品、質、味のあるおしゃれなショップやカフェもちらほらあった。
とは言え、やはり「ヒッピーライフ」を求めているような欧米人観光客もちらほら。
ランチをいただいたアトリエ&カフェ。音楽、空間、食事、ドリンクのどれをとっても「Amazing!」な場所。
↑のカフェにあるテーブルは古いミシン台を使っている
カフェでたたずむ人とアート
Fort Cochinの郵便局にあるポスト
すごい装飾だ… ちなみにこの郵便局ではインターネットも使える
コーチン旧市街は歩いて廻ろうと思えば無理ではない。ちゃっかり私達は到着直後から徒歩で旧市街を散策。港を起点に紅茶やスパイスなどの輸送倉庫や卸し工場のある通りを抜け、ユダヤ人街(といっても現在は10人くらいしか残っていないらしい)へ。
軽く5kmは歩いただろう。
でも歩いたおかげで現地の「マーチャント=卸業」の様子なんかも見ることができた。
古い建物の向こうから麻布に詰まった紅茶、スパイスなんかが続々と運ばれて行く。通り中がいろいろな香りに包まれ、物資を運ぶトラックや人々が行き交う。
インドは歩いてナンボ…だと思った。歩いてみなくちゃインドの「そこ」は分からない。
コーチン旧市街のメインストリートにはたくさんの卸業者が並ぶ
通るだけでワクワクしてくる
きっと最盛期にはもっとエネルギーがあったんだろうな…
写真におさめたい瞬間はたくさんあったのだけれど、写真に撮っている暇もなければ、ファインダー越しでその瞬間を見ているのがもったいない…なんて思ってしまった。
たぶん、そこにあるエネルギーが私の手を止めたのかも。
帰りに気が向いたので、港から出ているフェリーに乗ってコーチン新市街まで足をのばしてみた。が、新市街は急成長中。排気ガスモクモク…。熱いし、空気が汚いし…。しかも途中のボートが超満員で立ったまま40分くらい乗っていたから疲れも頂点。
途中でジュースを1杯飲んで、再びフェリーに乗ってのんびりできる旧市街に戻った。
食事は宿泊しているホテルに隣接するカフェレストランでいただいたのだが、これがまたおいしかった。コーチンカレーをいただいたのだが、出された「ご飯」もツヤツヤ光っていてとてもおいしかった。
また、プールサイドでは地元のミュージシャンがシタール、笛、タブラオなどを心地よく演奏してくれていて、雰囲気のある素敵な夜になった。
Fort Cochin(コーチン旧市街)にはまだまだ隠れたオアシスがたくさんありそうだ。
Fort Cochin Hotels:
http://www.karmakerala.com/hotels/ernakulam/fort-cochin/
約2時間近く、冷房なしでタクシーに乗っていたので排気ガス&ほこりまみれ。
(冷房なしの方が料金が安い)
到着したのはコーチン旧市街(Fort Cochin)の一角にあるポルトガル影響&オランダ建築の建物を改築した素敵なホテル。(300年の歴史がある建物だそう)3つ★だけれど、とにかくシンプルでいておしゃれ。1つ1つに独特の味があり、中庭のプール庭園なんかも素敵だ。
ホテルのスタッフも少人数ではあるけれど、皆ほがらかで温かい。
到着した朝、実は…予約に使ったネット会社が勝手に私達の予約をキャンセルしていたことが判明。それでもホテルのマネージャーらしきおじちゃんが、「大丈夫すぐに部屋を確保するから…」と言って、快く迎えてくれた。
シャワールームも非常に落ち着いていて、「こんなホテルがあったんだ!!!」と驚いたのと感動したのと…で、今回の旅のお気に入りホテルだ。
詳細は:
http://www.oldharbourhotel.com/
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窓の外枠が青いビードロで出来ている…
粋なおしゃれを歴史そのままに…
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部屋の写真
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高い天井とバランスのとれたインテリア
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お昼寝中
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南インドでは有名な「チャイニーズフィッシングネット」がある港もすぐ近く。
またコーチン旧市街にはこのようなおしゃれなブティックホテルが他にも何件かある。
ここコーチン旧市街は他の観光地化された南インド(特にゴア)のような「スレ」た感じはそれほど感じなかった。品、質、味のあるおしゃれなショップやカフェもちらほらあった。
とは言え、やはり「ヒッピーライフ」を求めているような欧米人観光客もちらほら。
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ランチをいただいたアトリエ&カフェ。音楽、空間、食事、ドリンクのどれをとっても「Amazing!」な場所。
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↑のカフェにあるテーブルは古いミシン台を使っている
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カフェでたたずむ人とアート
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Fort Cochinの郵便局にあるポスト
すごい装飾だ… ちなみにこの郵便局ではインターネットも使える
コーチン旧市街は歩いて廻ろうと思えば無理ではない。ちゃっかり私達は到着直後から徒歩で旧市街を散策。港を起点に紅茶やスパイスなどの輸送倉庫や卸し工場のある通りを抜け、ユダヤ人街(といっても現在は10人くらいしか残っていないらしい)へ。
軽く5kmは歩いただろう。
でも歩いたおかげで現地の「マーチャント=卸業」の様子なんかも見ることができた。
古い建物の向こうから麻布に詰まった紅茶、スパイスなんかが続々と運ばれて行く。通り中がいろいろな香りに包まれ、物資を運ぶトラックや人々が行き交う。
インドは歩いてナンボ…だと思った。歩いてみなくちゃインドの「そこ」は分からない。
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コーチン旧市街のメインストリートにはたくさんの卸業者が並ぶ
通るだけでワクワクしてくる
きっと最盛期にはもっとエネルギーがあったんだろうな…
写真におさめたい瞬間はたくさんあったのだけれど、写真に撮っている暇もなければ、ファインダー越しでその瞬間を見ているのがもったいない…なんて思ってしまった。
たぶん、そこにあるエネルギーが私の手を止めたのかも。
帰りに気が向いたので、港から出ているフェリーに乗ってコーチン新市街まで足をのばしてみた。が、新市街は急成長中。排気ガスモクモク…。熱いし、空気が汚いし…。しかも途中のボートが超満員で立ったまま40分くらい乗っていたから疲れも頂点。
途中でジュースを1杯飲んで、再びフェリーに乗ってのんびりできる旧市街に戻った。
食事は宿泊しているホテルに隣接するカフェレストランでいただいたのだが、これがまたおいしかった。コーチンカレーをいただいたのだが、出された「ご飯」もツヤツヤ光っていてとてもおいしかった。
また、プールサイドでは地元のミュージシャンがシタール、笛、タブラオなどを心地よく演奏してくれていて、雰囲気のある素敵な夜になった。
Fort Cochin(コーチン旧市街)にはまだまだ隠れたオアシスがたくさんありそうだ。
http://www.karmakerala.com/hotels/ernakulam/fort-cochin/
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2007年
10月
15日
(月)
05:18 |
編集
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接岸した湖畔に暮らす家族
今回の旅で一番好きになった州…ケララ。
モンスーンの合間のため、雷や灰色の空に雨粒が空からやってきたけれど、それでも美しい。いや、きっとモンスーンがこの南インドの土地をますます美しくしているのだ…。
この日、1日を私達はボートに乗って一夜を過ごした。
大きな湖に続く水路をゆっくりゆっくり通り抜ける。
岸では地元の人々の生活がある。
この日ボートには若い3人のインド青年が乗り込んでくれた。
1人はシェフ、1人は船の運転手、そして1人はキャプテン。
イタリアのヴェネチアの水路をゴンドラに揺られてすすむのも良いけれど、ここAlleppeyで編み上げられた伝統的なボートでの時間はそれ以上に贅沢だ。
水路を抜け、広い湖の真ん中あたりでボートは錨をおろし、昼食をとる。
地元シェフの手作り料理を堪能し、景色を楽しむ。
モンスーン時期のこの日は遠くで雷がなり、稲妻がはしる。
夕暮れ時には雨が降り出し、雨粒がボートと水面を楽器のように弾く。
その雨音が水上での時間をますます堪能的にしてくれる。
夕食前にはミニバナナを揚げたおやつとチャイ。
このシェフは若いけれど、忘れられない美味しい料理を朝昼晩作ってくれた。
時間が空けば、おいしいマサラチャイでノドをうるおす。
夜は湖畔の村に接岸し、そこで一晩過ごす。
地元の人達が行き交うその場所は、神秘的な場所にも思えた。
接岸したすぐ側の敷地に暮らす家族に声をかけてみた。
可愛らしい子供がくったくのない笑顔で手を振ってくる。
その子の祖父と思われる素敵なおじいちゃんは、孫と一緒に私の向けたカメラにポーズをとる。
目に飛び込んでくるすべてのものが、私の心を惹き付けては離さない。
もしかするとこの旅の中で一番「何か」を感じた時だったかもしれない。
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街角のお店
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水面に浮かぶヤシの葉とトンボ
息をひそめてシャッターを押す
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水のイオンがいっぱい
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早朝、湖畔を散歩してみた
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仕事へ向かう人々
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こんなボートに乗って時間をすごす
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水路は人々の大切なライフライン
学校から帰宅する生徒達
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モンスーン時期のケララ州
雨が降り出す前の水路とボート
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これぞ手作り
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これも手作り
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おいしい食事をつくってくれたシェフの青年
カメラを向けると「ちょっと待って!」と言って、この青色シャツに着替えてくれた
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南インドはカラフルだ…
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可愛らしいブルーのリボンと制服の色がまぶしい
2007年
10月
14日
(日)
22:04 |
編集
ニューデリー→バンガロール→コーチンこれぞまさしく南北横断!?
大きなインド、北はモンスーンが明けカラっからの快晴続き。でも南はまだまだモンスーンまっただ中。
私達が向かった最南端の州ケララの空は薄い青空と曇り空が入り混じっていて、時折小雨が降っていた。
この日から3日間、とある山奥のホテルに滞在。
オープンして1年目のRadisson Hotelはコーチン空港から車で約1時間半以上。かなり長い道のりではあるものの、その途中の道は美しい。
緑豊かな南インドの自然、川、大きな木々、そしてカラフルな建物や看板…。立っているだけで汗が沸いてくる湿度だけれど、それがまたいいのだ。
九州育ちの私にとって、ここケララ州はどこか故郷にいるような気持ちにさえなる。
ケララ州と一口に行っても「大きい」から一口では終わらせられない。
それでも一貫しているのは「アーユルベーダ」の発祥地であるということ。
そのお陰で、ケララ州では「アーユルベーダ」の治療院がたくさんあるし、ホテルでもアーユールベーダを取り入れたマッサージなどが受けられる。
今回3日間滞在したホテルでは「プリンセスメイクオーバー」という3時間のトリートメントを受けた。
アーユルベーダオイルを使ったヘッドマッサージ、フェイシャル、マンゴーをそのまま使った全身トリートメントパック、そして塩マッサージ、そしてお決まりシロダーラ(額にオイルを落とし続けるトリートメント)最後に花びらをうかべたお風呂でリラックス。
*お陰で肌のツヤはみちがえるほどに。インドを出るまでに2度アーユールベーダのトリートメントを受けたが、そのお陰か帰国後も肌は相変わらずツヤツヤ。化粧もせず(ファンデーションなし)仕事に行ける。*
今回の滞在ホテルでは朝から晩まで「食い倒れ」。なんとホテル価格に朝昼晩すべて含まれていたから驚いた。ジムもついていて、食べては2時間トレーニング…となんともバケーションらしい時間をすごしてみた。
ホテルはインドでも1番目か2番目に大きいと言われる湖のほとりにたっていて、水草の移動をずっと見ているだけでも面白い。
近くには野鳥の森があって、実は早朝にバードウォッチングに行くつもりだったのだけど、ホテルの人曰く「今日行った観光客の人、全然鳥が見れなかったそうです…」と。
それなら朝4時から起きて行くのもどうだろう…と思い結局グータラして過ごした。
さて、このホテル…。サービスや食事は良いのだけれど、私達が滞在している間中(おそらくずっと…)ロシア人ミュージシャンが歌を歌い演奏していたのだけど、それがどうしても許せなかった…。インドにいるのになぜインドの音楽を楽しめないのだ!!!と。
実は朝や昼は素敵なインド伝統音楽やインド系ラウンジミュージックがかかっていてとっても素敵。
思い立ったが吉日。私はフロントデスクに「地元の音楽やダンスなどはお願いできませんか?」と言ってみた。
すると翌日!!!早速地元の演奏家と踊子さんがやってきて素晴らしい時間をつくってくれた。いつもは壁を隔てたレストランでロシア人ミュージシャンから逃げるように食事をしていた他のお客もこの日ばかりはガーデンテラスへ出てこのイベントを楽しんでいた。
言ってみるもんだな…。
☆Useful Link Kerala, Kumarakom☆
水草をとる人
ホテルの敷地には瞑想ができそうな場所がある
夕暮れの湖を見ながら、ジムで汗を流すM氏が小さく写っている
小柄だけれど大きな瞳がとても印象的だったインド舞踊
ホテルの敷地は手入れの行き届いた緑の楽園 こんなきれいな睡蓮も
大きなインド、北はモンスーンが明けカラっからの快晴続き。でも南はまだまだモンスーンまっただ中。
私達が向かった最南端の州ケララの空は薄い青空と曇り空が入り混じっていて、時折小雨が降っていた。
この日から3日間、とある山奥のホテルに滞在。
オープンして1年目のRadisson Hotelはコーチン空港から車で約1時間半以上。かなり長い道のりではあるものの、その途中の道は美しい。
緑豊かな南インドの自然、川、大きな木々、そしてカラフルな建物や看板…。立っているだけで汗が沸いてくる湿度だけれど、それがまたいいのだ。
九州育ちの私にとって、ここケララ州はどこか故郷にいるような気持ちにさえなる。
ケララ州と一口に行っても「大きい」から一口では終わらせられない。
それでも一貫しているのは「アーユルベーダ」の発祥地であるということ。
そのお陰で、ケララ州では「アーユルベーダ」の治療院がたくさんあるし、ホテルでもアーユールベーダを取り入れたマッサージなどが受けられる。
今回3日間滞在したホテルでは「プリンセスメイクオーバー」という3時間のトリートメントを受けた。
アーユルベーダオイルを使ったヘッドマッサージ、フェイシャル、マンゴーをそのまま使った全身トリートメントパック、そして塩マッサージ、そしてお決まりシロダーラ(額にオイルを落とし続けるトリートメント)最後に花びらをうかべたお風呂でリラックス。
*お陰で肌のツヤはみちがえるほどに。インドを出るまでに2度アーユールベーダのトリートメントを受けたが、そのお陰か帰国後も肌は相変わらずツヤツヤ。化粧もせず(ファンデーションなし)仕事に行ける。*
今回の滞在ホテルでは朝から晩まで「食い倒れ」。なんとホテル価格に朝昼晩すべて含まれていたから驚いた。ジムもついていて、食べては2時間トレーニング…となんともバケーションらしい時間をすごしてみた。
ホテルはインドでも1番目か2番目に大きいと言われる湖のほとりにたっていて、水草の移動をずっと見ているだけでも面白い。
近くには野鳥の森があって、実は早朝にバードウォッチングに行くつもりだったのだけど、ホテルの人曰く「今日行った観光客の人、全然鳥が見れなかったそうです…」と。
それなら朝4時から起きて行くのもどうだろう…と思い結局グータラして過ごした。
さて、このホテル…。サービスや食事は良いのだけれど、私達が滞在している間中(おそらくずっと…)ロシア人ミュージシャンが歌を歌い演奏していたのだけど、それがどうしても許せなかった…。インドにいるのになぜインドの音楽を楽しめないのだ!!!と。
実は朝や昼は素敵なインド伝統音楽やインド系ラウンジミュージックがかかっていてとっても素敵。
思い立ったが吉日。私はフロントデスクに「地元の音楽やダンスなどはお願いできませんか?」と言ってみた。
すると翌日!!!早速地元の演奏家と踊子さんがやってきて素晴らしい時間をつくってくれた。いつもは壁を隔てたレストランでロシア人ミュージシャンから逃げるように食事をしていた他のお客もこの日ばかりはガーデンテラスへ出てこのイベントを楽しんでいた。
言ってみるもんだな…。
| Radisson Plaza Kumarakom Lake Resort | $$$$ | ★★★★+ 主要空港から遠いものの、施設も整っていて快適に過ごせるホテル。スタッフもニコやか。 出来てすぐということもあり、名を広めるための努力が見られる。食事もなかなかおいしいし、柔軟に対応してくれる。スパの施設もなかなかのもの。 |
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水草をとる人
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ホテルの敷地には瞑想ができそうな場所がある
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夕暮れの湖を見ながら、ジムで汗を流すM氏が小さく写っている
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小柄だけれど大きな瞳がとても印象的だったインド舞踊
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ホテルの敷地は手入れの行き届いた緑の楽園 こんなきれいな睡蓮も








































